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【マラソン】2018年福岡国際マラソン・服部勇馬選手優勝!考察!【ただのファンです】

本日、2018年12月2日(日曜日)に行われた福岡国際マラソンにおいて、トヨタ自動車所属・服部勇馬選手が優勝しました!

この大会で日本人選手が優勝するのは実に14年ぶり。

今年、16年ぶりに日本記録が更新されたのに、良いタイムを出した選手がいても「優勝しなければ意味がない」と言われ続けてきたマラソン界。

ついに「良いタイムで優勝」する選手が登場しました!

とはいえ、私にとっては「ついに良いタイムで優勝する選手が出てきた」というよりは「ついに勇馬選手が真価を発揮した」です。

どうも、コンザツの紺色(@kon_zatsu)です。

紺色の雑記帳→紺雑→コンザツです。

今日は「彼を高校時代から見てきた私が、今日のマラソン優勝の理由を考察してみた」お話です。

服部勇馬選手・基礎データ

名前:服部勇馬(はっとり・ゆうま)

所属:トヨタ自動車

出身地:新潟県十日町市

出身校:仙台育英高校→東洋大学

生年月日:1993年11月13日

血液型:O型

服部勇馬選手・ベストタイム

2018年12月2日現在のベストタイムです

1500m:3分51秒13

3000m:8分13秒13

5000m:13分36秒76

10000m:28分9秒2

ハーフマラソン:1時間1分40秒

30km:1時間28分52秒(日本学生記録・大学2年)

マラソン:2時間7分27秒(2018年福岡国際マラソン)



服部勇馬選手の東洋大学時代と人柄

服部選手は東洋大学1年生の時から、既に高いポテンシャルを発揮していて、いわゆる「三大駅伝皆勤」を達成している数少ない選手です。

 

三大駅伝皆勤とは
  1. 出雲駅伝
  2. 全日本大学駅伝
  3. 箱根駅伝

1年に3回行われる上記の駅伝に4年間フル出場(12回)すること

ただし服部勇馬選手の場合、出雲駅伝が1度悪天候により中止になっているので11回の出場です

特に箱根駅伝2区での活躍は特筆すべきものがあり、各大学のエースが集まる「花の2区」で2年連続区間賞を獲得。

外国人選手がよく出走する区間でもあり、彼は大学時代既に外国人選手に負けない走りをしていたのです。

服部選手は4年生の時にキャプテンを務め、その高いキャプテンシーでチームの改革をし、この年の全日本大学駅伝では東洋大学に念願の初優勝を達成!

私はこの時、1区で彼の走りを見守った後、ゴールに駆けつけて優勝の瞬間を見たので、感慨もひとしおでした。

大学時代のチームメイト曰く

「勇馬さんは、とても優しく、性格も完璧で、ひとつも悪いところが思いつかない」

という人物!

情に厚く、涙もろいところもあって、1学年下の弟、服部弾馬(はっとり・はずま)選手のこと、チームメイトのことを想って涙を流すシーンも多く見られました。

服部勇馬選手ときょうだいの存在

すぐ下の弟・弾馬選手は実業団トーエネックに所属し、2018年の陸上日本選手権の5000mにおいて優勝している選手。

兄はマラソンで、弟は5000mで東京オリンピックを目指し、切磋琢磨しています。

この兄弟はとにかく仲が良いことが有名で、高校も大学も同じところに進学しています。

(弾馬選手は震災の影響で仙台育英高校から愛知県の豊川高校に転校しています)

服部選手には更にもうひとり下に弟の風馬(ふうま)さんと、妹の葉月さんがいます。

長男である服部選手は、家業を継がなければならない、という思いが強くあったようです。

弟の弾馬選手も素晴らしい未来が待っている陸上競技の選手。

下の弟の風馬さんも豊川高校で陸上競技に励んでおり、兄ふたりにタイムは及んでいませんでしたが、陸上で大学に進学できるレベルの走りをしていました。

しかし、風馬さんは進学せずに、自身が家業を継ぐことを決心し、現在家業を全力で頑張っています。

兄弟の支え合いに、ただのファンである私もグッときてしまいます。

これはガチなファンには有名な話ですが、知らない人も多いはず。

服部家、とても素晴らしいご家族だと思います。

妹の葉月さんも、お名前で検索をかけると陸上競技に励んでいるようです。

彼らの出身地は豪雪地帯の新潟県十日町市。

みんな、クロスカントリースキーの選手として大会にも出ていたようです。



なぜ服部勇馬選手が2018年福岡国際マラソンで優勝できたのか

順調だったマラソン挑戦への道だったけど……

上に書いた通り、服部選手は大学2年生の時に出場した「熊日30kmロード」(熊本県)で優勝しています。

その時のタイムは日本学生歴代最高。

翌年の東京マラソンに挑戦するということで期待が高まりました。

大学3年で迎えた東京マラソン。

彼の姿はありませんでした。

調整の過程で故障をしてしまい、スタートラインにすら立てなかったのです。

大学4年生の時に東京マラソンに初出場。

35km地点で日本人トップに躍り出るものの、マラソンの壁は高く立ちはだかって失速してしまい、苦い初マラソンになってしまいました。

経験とそこから得たものを地道な努力に結び付けた

服部選手は、40km走を重ねることで、自分に自信をつける道を選びました。

初マラソンでの苦い失敗、後半の失速。

そのために自分に足りないのは距離を回数踏むこと(走ること)だと考えたようです。

その努力は彼を裏切ることはなく、今回の優勝という素晴らしい結果をもたらしました。

設楽悠太選手の存在

前マラソン日本記録保持者である設楽悠太(したら・ゆうた)選手は、東洋大学で服部選手の2学年先輩です。

設楽選手は、30km走はするけど、それより長い距離は練習では走りません。

世間では「型破り」などと言われていますが、私は彼のことも大学時代から応援していたので、型破りというより「超がつくほどのマイペース」という印象です。

お菓子やお酒、ジュースが好きと言っても大会前はきちんと節制しているのも知っています・

私は、とても面白いと感じています。

練習は30kmまでの設楽選手。

40kmを何度も練習した服部選手。

ふたりとも、自分にあった練習方法を見つけ、タイムや結果を出しています。

これらはとても素晴らしいことで、海外を拠点にしている大迫傑(おおさこ・すぐる)選手含め、それぞれの選手にあった練習方法を探り、していくことで今後の日本の長距離界は強くなっていくと思います。

「発汗量が多い=暑さが苦手」ではない

今日のレース中、解説の藤田敦史・駒澤大学コーチが服部選手の発汗量の多さを指摘し、心配していました。

すかさず話を向けられた解説の酒井俊幸・東洋大学監督が、服部選手と弟の弾馬選手は元々発汗量が多い選手であるということを話されていました。

そのための対策はきちんとしている、と。

私も特に、服部兄弟が暑さに弱いという印象はありません。

汗は多いな、とは思っていましたが、それ以上の印象はありません。

今回、服部選手は「給水」「帽子」「サングラス」という工夫をしていました。

給水は二種類のボトル「水分補給」「糖分(エネルギー)補給」を使用し、それぞれ分量を自分なりに調節しながら飲んでいたように見えました。

給水を確実に取るために、給水前は余裕を持って先頭に立ち、その後集団に戻るという理想的な動きも完璧。

帽子とサングラスは途中で脱ぐ、外すということはしないと決めていたようで、外したのはゴール目前。

暑さ、発汗対策を行い、帽子とサングラスをしたまま最後まで。

ここに服部選手のち密、クレバーな計画と、それを遂行する冷静さと強い意志を見ました。

焦りがまったく見られなかった

上にも書きましたが、服部選手は事前の計画の通りきっちり走った結果、今回の優勝を手にしたと考えます。

今回は19~20度と例年の福岡国際マラソンより気温が高い悪条件。

上に書いたことをしっかり守って、暑さ対策をし、無駄な動きをしませんでした。

走りにも無駄は一切なかったように思います。

先頭集団が服部選手と外国勢2人の合計3人になった時、服部選手はまだ余裕を見せていました。

そのため、仕掛けを想定よりも早い地点でした方がよいのでは、という解説からの声もありました。

しかし、初マラソンでの「後半の落ち込み」という失敗が、服部選手にはありました。

しかけどころとされることが多い35km時点で、仕掛けるようなことはありませんでした。

その前からペースアップはしていましたが、決して相手を突き放すというものではありませんでした。

服部選手がスパートの目安にしていた地点は37から38km時点にある曲がり角。

そこに差し掛かった時、服部選手は満を持してペースアップ。

35~40kmの5kmを14分台というハイペースで駆け抜け、その後も落ちることなくゴールへ!

外国勢2人の様子や自身の調子から考えて、35kmやその前でスパートすることもありだと思いますが、服部選手は当初のレースプラン通りに37~38kmでペースアップをした結果、「優勝」だけではなく「2時間7分27秒」という素晴らしいタイムを叩きだしたのです。

まとめ

  1. 失敗を糧に練習方法を確立した
  2. 暑さ対策が万全であった
  3. 日本マラソン界の現状
    好タイム続出・個人にあった練習方法重視の流れ
  4. レースプランを良い意味で崩さなかった

これらが複合的に良い方に作用し、結果的に福岡国際マラソンにおける14年ぶりの日本人選手優勝という形になったと私は考えます。



日本男子マラソン界の未来は明るい

今、マラソン界はアフリカ勢が席巻しています。

努力・工夫では太刀打ちできない人種による体質・筋肉等の違いが顕著に出ているのがマラソンだと私は思っています。

でも、選手たちは諦めてなんていません。

設楽選手と大迫選手は日本記録を打ち立て、1億円を全日本実業団連合から贈られていますが、彼らはこれのために走っているわけではありません。

(さすがにレース終盤は頭をかすめ、糧になったようです)

設楽選手、大迫選手の世代辺りから、箱根から世界を目指すという風潮になってきたところでの東京オリンピックの開催。

そのふたりに続く学年の井上大仁選手、その下の学年の服部選手の活躍。

2時間10分切りで喜ばれていた時代が、今はそれだけじゃ物足りない時代になったのです。

私は、今の日本男子マラソン界の挑戦方法は間違ってないと感じます。

オリンピックや世界陸上は持ちタイム通りの結果が出るとは限りません。

1位のタイムは世界記録はおろか、日本記録にも遠く及ばないことだってあります。

冬のマラソンでタイムで自信をつけ、経験を積み、夏のマラソンで結果に繋げる。

それができた時、日本のマラソン界に明るい話題が舞い込むことでしょう。

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